【おはなし】おばあちゃんのこと - HAZUKI ONODERA | 小野寺葉月  
 

【おはなし】おばあちゃんのこと

彼のことはおばあちゃんの話で一気に好きになってしまった。

その人のおばあちゃんは個人で声の専門家をやっていて、長く続けていたそうだ。地元の中ではかなり有名で、歌の発表会はもちろん、司会進行や大事な会議、発表ときなど、どうしても失敗したくない何かがある前にはおばあちゃんに見てもらう、というのはそのあたりでは有名なはなしだった。

声の専門家と言っても、最初に来た人はみんな面食らうくらい普通の小さいおばあちゃんで、施術する場所もリクライニングで切る椅子が一脚あって、あとはコタツがあるだけだった。首や肩を中心としたマッサージと、おばあちゃんの調合したシロップを処方していた。整体師の資格と、食品衛生管理の資格を持っていた。

あるとき、声楽の大会で毎年入賞している学校の合唱部がおばあちゃんの家兼調整院の近くで合宿をしていた。そこで喉を痛めてしまった生徒のことをおばあちゃんが施術したら、そのすぐあとにあった大会で出た結果が大変良かったとかで、おばあちゃんは一躍声楽界隈で有名なおばあちゃんとなったのだった。

その時声楽をやっていた生徒の人たちが声を使う仕事・・・例えばアナウンサーや歌手、俳優などの華やかな仕事についた後も、結構へんぴな場所にあるおばあちゃんの調整院までやってきていた。ほかにもセラピストや教師など、さまざまな職業の人が来ていた。実は声というのはいろんな場面で大切な役割を果たしているのだった。

最近では若いお母さんのお客さんも多く、子どもに接するときについ肩や首に力がこもってしまうのを、おばあちゃんはお茶とシロップ、マッサージでほぐしてあげていたそうだ。

だから結構毎日コンスタントに入る予約でおばあちゃんは忙しくしていた。

おばあちゃんはあるとき体調を崩して少し入院したことがあった。もう年も年だし、予約を取るのをやめたほうがいいんじゃないかと娘であるところのお母さんも心配していた。孫であるところの彼もそうだなあ、ばあちゃんもう年だし気をつけたほうがいいよと言い、おばあちゃんもうんうん、と言っていた。

しかしおばあちゃんは退院してからすぐ、元のように毎日お客さんを取り続けた。

半年後、また入院することになって、そしてそれまでお客さんを取り続けてたことがおかあさんにばれて、おばあちゃんは結構怒られていた。

うんうん、ごめんねえ、心配してくれてありがとうねえ。

そういうおばあちゃんはお客さんを取ることを全然やめる気がないみたいに見えたらしい。

1か月ほどで退院はしたものの、その年の10月に亡くなってしまった。

その日の朝までいつもと同じく食事の支度や洗濯や掃除をしていたおばあちゃんは、夜床についてそのまま起きてこなかった。たまたま、次の日の朝におばあちゃんは美容院の予約をしていた。いつも時間にきっちりしたおばあちゃんが時間になっても来ないので、心配した美容師さんが家に見に来てくれ、なくなっているおばあちゃんを見つけてくれたのだった。

急なことだったけれどたまたま金曜の午前中にその連絡が来たので彼もあわてて東京から帰り、お母さんとともにお通夜や葬儀の準備をした。その日の夕方5時、おばあちゃんの家の引き戸がからからと開き、こんばんわ~と女の子の声がした。

「あの、おばあちゃんは・・・?」と制服を着た女の子が言った。

「お知り合いの方ですか?実は今朝おばあちゃん亡くなって・・・」

というとその女の子が泣き崩れた。

「わたし、いつもおばあちゃんに声を調整してもらってて・・・それで今日も大事な大会の前なので予約してたんです・・・」

「それを聞いて俺と母さんはずっこけそうになったよね。ばばあ、予約取ってたのかよ!って」

「それ全員びっくりだよね、おばあちゃんがぎりぎりまで予約取って仕事してたことにもびっくりだし、その女の子もさぞビックリしたろうね。それで、その女の子はどうしたの?お線香あげていったの?」

「いや、大会前だって言うし、母さんに施術してやんなよって言って施術させた」

「え!?その状況で・・・!?」

「そうそう、なんか毎回ばあちゃんに施術してもらうと声が餅みたいにのびて、結果もよかったりしてたみたい。願掛けみたいなかんじだよね。それで死んでしまったのでできません、だとなんか悪いでしょ。試合前に時間作ってせっかく来てくれたのにさ。幸い、ばあちゃんの仕事用の冷蔵庫に、きっちり準備したシロップが瓶でしまってあって。寝る前にお湯で1:5ぐらいの薄さに割って飲むとか、本番前は1:1にして飲むと良い、とか書いたメモまで。しっかりしてるよな。多分わかってたのかもしれないね。」

その状況で施術してあげるなんて、なんてすごいんだろうと思った。

そんな風に気持ちの切り替えをして、目の前の人にサッと対応できるなんて、なんてすごいんだろう。彼のお母さんだって、母親がなくなるという人生で初めての体験をしてるさなかに、施術をしてあげられるなんて。

*

なんとこの話だけで恋に落ちてしまったんですね、わたしは・・・